無事帰還

約三ヶ月の旅終了。
スペイン(ほぼ全土)、タンヘ(モロッコ)、ジブラルタル(イギリス)、ポルトガル、アンドラ(完歩)、フランス(南部のみ)。
計六ヶ国、イベリア半島とピレネー山脈周辺。
”全部ヒッチハイクでいってやろう”と意気込んではいたけども、実際は半分位。計55回。ズッと親指立てて待機するのは辛く哀しく、自分に言い訳つくってバスやら電車やら利用。野宿には慣れた。

暖かく迎えてくれたバレンシア日本人軍団に感謝。自分の存在を確認させてもらえた。”オレ、この世でちゃんと息してるかな?”って不安になる事は日常茶飯事だったから。久方ぶりに会ったみんなは、とてもスペインという国に馴染んで見えた。いい意味で。
あと学校の先生達、大分少なくなってしまったけど他国の友人達の反応もありがたかった。特に中国人達。中国人大好きです。

この旅で何を得たのか、この旅が今後どう活きるのか、今のところ不明。

解った事はいくつかある。
どの国も思っていたほど危なくなかった。ただ、”むしろ日本の方が…”とも思わない。どっちも”それなりに”平和で、”それなりに”危ない。用心する事は大事だが、ビビリ過ぎるのも違う。フテブテシイ姿勢も大事かもしれない。この旅がほぼ無事終えれたのも、運が良かったのは言うまでもないが、それだけではなかったと思っている。
どの国にも親切な人はいる。ヒッチハイクで停まってくれる人、家に招待してくれる人、泊めてくれる人、奢ってくれる人、お金くれようとする人(くれた人)、街を案内してくれる人。
どの国にも悪い人はいる。盗みを働く人(人の靴盗む奴)、人種差別する奴、しつこく金をせがんでくる奴、ヒッチハイクの邪魔をする奴、等等。
こんな旅を人に勧める事はしないが(一部を除き)、やろうとしている人に『やめとけ』とは言わない。

スペインは面白い。
こんなに地域によって言語、文化、天候、自然が違う国も珍しい(他の国はよう知らんが)。
アンダルシア、ガリシア、アストゥリアス、カスティーリャ・イ・レオン、カスティーリャ・ラ・マンチャ、アラゴン、カタルーニャ、バスク、リオハ、バレンシア。同じスペインだが、まるで違う国。

細かい事は、追々このBlogに記録していくつもりなのでこの辺で。

さて、帰ってきた。家のある暮らし、学校に通う生活。
旅の終わりに安堵するも、少し寂しかったり。
あまりのギャップがとても心地良かったり、”たまに”悪かったり。

三ヶ月ぶりに学校へ行くと、自分が下から数えて2つ目のクラスだった事に改めて驚愕。滞在九ヶ月でこのペースは、恐らく最低記録。
”改めて驚愕”なんて大袈裟に表現したけど、オレにとってそれほど大した問題ではなかったりもする。ただ、”日本人って阿呆?”と、思われていたら…日本人の皆様、ゴメンナサイ。

しばらく空けていた我が家の状況。
同居人のイタリア人小娘二人にイラッチし、ネットが繋がらなくなっている事にガックリし、部屋の暑さにグッタリし、”これだったら野宿の方が…”と考えてしまった自分にビックリしてしまっている。慣れていくかな?きっと。

沢山の人から頂いているメール、少しずつ確認してお返事してくので少々お待ちを。

EURO2008決勝時のメスタージャ付近。
おめでとうスペイン。非の打ち所が無い。


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旅3日目: アリカンテにて風邪

 Enforexセビージャ校のPCは良い。日本語入力可能。

30/03/2008

やはり、あまりの寒さに6時起床。
眠すぎたので少し粘って寝ようと試みるも6時30分には起きる。ウィスキーもこれだけ寒いと効果がない。
いよいよ体調が悪い。

フラフラとビーチまで歩く。
ビーチに設置しているジム施設を利用して、朝日を浴びながら黒人さんや老人達が汗を流してる。
大きな荷物をEstacion de Autobusに預る。今日は持ち歩けそうにない。

9時半。ビーチ沿いのバルでビールを飲む。不味い。
パラソルやビーチベットが空いていたのでそこに横たわり、寝る。
一時間後、日系人の管理人に起こされる。
”金払え”
”もってねー”
”じゃあパラソル使うな”
…無念。とっても気持ちよかったのに。イソイソと離れて三日間着続けた服をビーチのシャワーで洗い、砂浜に干す。

パラソルを使うなと言われたので、ビーチベットを使って寝ていたらやっぱり”ヤツ”が来た。
”お前、中国人か?金払え”
”これも金かかるのか?”
”当たり前だ。金払え”
”だから持ってないって”
”じゃあどけ”
しんどかったので悪態もつけず、砂浜に直寝する。熱い。

よほど疲れてたのか地獄の様な厚さの中、4時間も寝ていた。スゴイ日焼け。後悔する。痛い。  
乾いた服を着てサンタバルバラ城へ向かう。意識が朦朧とする。

サンタバルバラ城の麓は、迷路の様に入り組んだ細道だらけの住居空間になっている。坂道だらけ。家々はとても可愛くデザインされていてチャンと人が生活している。夢の様な街だ。
迷うのが楽しい。でも体力の限界を感じる。

今日の体力ではサンタバルバラ城を登るのは不可能と判断し ビーチに戻る。
19時。まだまだ明るい。

さて、どうしようか。悩む。小一時間悩む。何故かバス停に座り込みウトウトしながらやっぱり悩む。”とりあえずメシを食おう。”
お粥目的で中華料理を探すが、どこにも粥がない。諦めて普通に中華料理を食す。不味い。飯が不味いのか、オレの体調がマズイのか。
態度が悪かった中国人店員も、日本人だと分かったら愛想がよくなった。何人だと思ってたんだ?

結局、体調は変わらずHostalを探すことにする。安宿。
CLUBに挟まれた怪しいHostal”サンフランシスコ”発見。一泊20ユーロ。安くも高くもない。オーナーは 良さそうな人だ。二泊することに。この2日間で体調を戻すのだ。

水を大量に買い込む為、24時間営業のお店に行く。アリカンテには24時間営業の店が沢山ある。
帰り、自分の不甲斐なさにイライラしアイリッシュバーで一杯飲む。でも不味い。

Hostelに戻り、湯船に入り寝袋に入って布団かぶって寝る。23時。

どこのスタジアムでしょう?


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旅2日目:アリカンテ

今日中に今までの日記を更新しようかと思ったが、無理そうだ。

29/03/2008

あまりの寒さで起きる。朝6時。
まだ辺は暗い。肩が痛い、足が痛い。もう二度と歩かないと再度誓う。
体調は悪くない。

"もう二度と歩かない"わけにはいかなかった。

パルマールからアリカンテに向かう人なんてまずいない。大きい道路までなんとかして行かないといけない。方位磁石を見ながら国道を目指す。

メチャ遠い。前日同様、延々と田んぼ。田んぼ。田んぼ。車も走らない。たまに自転車が通る。少しずつ休んで歩く。照りつける太陽。延々と広がる田園。
主人がいるのかいないのか、犬が走ってきて吠える。少しかまってやる。

トォォォォォォックに、うっすら電車が見えた。その奥に車も数台走ってる。感動。歩くペースが早くなる。

線路を強引に横断し、田んぼの中を歩いて遂に国道に着く。11時。結局朝から5時間も歩いてしまった。まあいい。もう歩かない。

ヒッチハイク開始。
馬鹿にされまくりである。クラクションを鳴らすヤツから、何か叫ぶ奴から色々。でも、日本でもそんなに変わらなかったかな?

1時間半後、赤い車が止まる。二人の男、ホセ(31)とアドルフォ(29)。
断ろうか悩んだが、乗せてもらうことにする。無論、窓が開けられることと、チャイルドロックがかかっていないことを確認して。

いきなり"草"をはじめた。"やっぱまずかったか?"
すすめられたが断る(当たり前だけど)。ラリッタラ逃げれない。

しかし、結果的には本当にいい奴等だった。昔、この二人もヒッチハイクでスペイン中を旅していたらしい。とても気を使ってくれる。
"HARU!この曲好きか?"
"このジュース飲め!"
"タバコは足りてるか?"
"俺たちはグラナダに行くんだ。HARUもアリカンテなんてやめて一緒に行こうぜ"
"道路の両脇にパイプイス出して座ってる女が沢山いるだろ?あれ、みんな売春婦だ。金払って車の中でしてもらうんだ(嬉しそう)"
"HARU!みろ!これがCLUBだ!(風俗)"
山だらけの道をひたすら走る。

海が見えた。スペイン独特のハゲ散らかした山々の谷間を抜けた瞬間に出てきた海。BGMはジミヘン。これは映画だ。ここにいるのは俺じゃない。

ベニドールとかいう金持ちの街を超えたところでスーパーに立ち寄る。
パンとチーズと生ハムを買おうとしている。一番高い生ハムを盗もうとしたのでとめる。一緒に逃げ切れる自信はない。どうやら、おいしい物を食べさせたかったらしい。嬉しい話なんだけどね。

あまりによくしてくれるので、何度も"GRACIAS"と言っていたら"GRACIASはいわなくていい"と言われた。"だって俺たちは友達だろう"

アリカンテ着。17時45分。
"グラナダまで行こうぜ"を何とか断りついにアリカンテに着いた。連絡先を交換しお別れ。
"HARU!なんて世界は小さいんだ、俺たちが出会えたんだからBLABLABLA"
"HARUに幸運あれ!"

興奮さめやらぬままサンタバルバラ城を目指す。アリカンテはコギレイな街だ。ビーチがあって港があってショピング街があって。クリスティーナ(先生)が"住むにはいいところ"と言っていたのが分かる。

高台に登った。海も城も街も一望できる。"今夜はここで寝よう"

街にでる。BARへ。子供と遊ぶ。こっちの子供は本当にかわいい。
しかし、疲れが出始める。意識が朦朧とする。

22時。"もう寝よう"と思い、さっきの場所に戻るが、若者がたむろっていたので場所の変更を余儀なくされる。今日は土曜日だった。どこも異常に人が多い。
公園でぼう然としていたら、犬の散歩をしている婆ちゃんに"¿ERES VAGABUNDO?(あなたは放浪者?)"と聞かれる。宮本武蔵みたいだ。うれしくなって"SI"と答えたら呆れて去っていった。

歩き回っているとセントロ(中心部)にぶつかってしまう。サンタバルバラ城を背景にものすごい活気に溢れている。
途中、日本人好きの一団に捕まる。サッカーについて(アリカンテはバルサ派とマドリー派に別れる)、日本人について色々話す。酒を奢ってもらう。
一人のオッサンが"今夜は俺の家に泊まれよ"といってくれた。ありがたく泊まらせてもらおうと思ったが、このオッサンは朝まで飲むつもりらしく、家も35K先という話だったので断った。

"早く寝たい"

何とかお別れし、海岸沿いを歩く。独りの女性がフラフラ波打ち際を歩いている。深夜3時。"どうか自殺ではありませんように"と思ってみていたら、警備員に怒られスゴスゴと街の方に歩いていった。ホッ

結局4時に運動場の隅っこで寝ることにした。色々あった1日だった。

Madrid Puerta del Sol。
旅中撮った写真を公開できればいいんだけど。


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旅初日:PARMAR

何とか日本語入力できる方法を見つけた。AJAXは偉い。
旅を初めて二週間ちょっとしかたってないんだね。ビックリした。

28/03/2008 旅初日

ツッチィに家のカギを渡す為、学校へ行く(寝坊して)。
ブラジル人のカルロスや中国人ボウエン、クラスメイトや先生、その他に見送られテクテク歩き始める。ツッチィやサヤカ嬢が泣きそうな顔を"嘘でも"してくれたのが嬉しかったり、面白かったり。

目指すは"アラブフェラ"。バレンシア付近のでっかい湖。米の名産地らしい。

道中、元(悲)クラスメイトEVAを発見。中国人の女の子。とても親切で賢い娘だ。
なんども呼ぶが逃げられる。俺だということに気付かない。デッカイ荷物をもって走りたくなかったが頑張って走る。捕まえてやっと解ってもらえた。エラい遠くに住んでるなEVA。親父さんの仕事場とか。別れを言っていなかったので丁度よかった。警戒し過ぎだぜEVA。

日差しが強い。3時間位あるいてようやくアラブフェラの看板発見。
ここからが地獄だった。

歩いても歩いても田んぼだらけ。後ろも前も右も左も。
初めは感動した景色も、徐々に嫌気に、そして不安に変わっていく。なんじゃこりゃ。本当にこの先"何か"あるのか?
ドブが干上がっていたのでそこを歩いていたら、急に緩くなり足をヘドロに突っ込む。この旅は幸先が悪い。そういえば、今朝マンションの風呂も冷水しかでなかった。

住居地発見。女性を捕まえ自分の居場所を確認する。
どうやら間違えてはないようだ。ただ"アラブフェラ"はすぐそこだが、パエリアで有名な街"PARMAR"は、かなり遠いとのこと。
送ってもらおうかと思ったが、その女性は風邪ギミだったので断念。

"アラブフェラ"発見。人気の無さそうな場所をみつけボケっとする。もぐらの子供発見。夕日がしみる。まだ初日なのにとっても疲れた。"まだ初日だから疲れているだけ"である事を祈る。
少し動くとデートスポットに出くわす。ブチュブチュベチャベチャ。
写真家も多かった。

夕日が沈む。すげえ絵になる。

あ、やばい。"真暗"になる。焦って歩き出す。でも、すぐに真暗に。
泣きそうになりながらもテクテク歩く。荷物の重さが憎い。もう二度と歩かない。初めからヒッチハイクしておけばよかったと後悔。"そこが僕のふるさと"熱唱。何も変わらない。街の予感すらない。

1台の車が止まった。偽足のじいさん。黙ってドアを開けてくれる。
"PARMARに行きたいんだ"
"もうすぐだで乗っていきな。なにもしないから。"
とても親切だが無言のじいさん。じいさんの知り合いが経営しているレストラン"CASA DE MANOLO"まで連れていってくれた。パエリアも美味い。マスターは陽気で親切。ビールも飲んでとても幸せな気持ちになる。

PARMARはとても小さな街だ。15分も歩けば一周できる。野宿できそうな場所を探してから、BARへ行く。BARのカマレラさんと適当に話をして就寝。PM11:00。早。

バレンシアにて


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バルセロナでの長い夜 朝日 グエル公園

どれだけ待っても太陽は出てこない。悩んだ結果、地下に潜る。
6:00少し前。地下鉄は走り出してる。一日乗り放題チケット発見。バスも乗れる。これを購入して朝まで電車に乗る事に。別にどこかに行くわけじゃない。

7:30。”サグラダファミリア”に戻る。ウッスラ明るくなってきていた。夜の顔と全然違う。何というか、暖かい。怖さは全然ない。夜にも見ておいてよかった。

9:00。ガウディの”グエル公園”は10時から入れるらしいので(本当はいつでも入れたのかもしれない)、そろそろ向かう。さらば”サグラダファミリア”。また、近い内に会おう。

それにしても晴天。昨日帰らなくてよかった。

地下鉄で”カタルーニャ広場”に戻り、バスで”グエル公園”に向かう。一日乗り放題券、もう既に元はとったはず(5.25€)。かなり得した気分。
夢と現実の狭間を行き来している内に、”グエル公園”を通り過ぎてしまった。随分標高の高い場所にいる。焦って降りる。素晴らしい風景が広がっていた。”魔女の宅急便”のような街。生活している人達も穏やかそうな人ばかり。いい場所を見つけた。乗り過ごして正解だった。

”グエル公園”まで歩いていける距離なのか解らないので人に尋ねる。ん、意外と近かった。”グエル公園”は、こんなに高いところにあるのか。
道中、”サグラダファミリア”が見えた。とても小さく。何かいい感じだ。

”グエル公園”着。不思議な感覚に襲われる。もっと興奮すると思っていたが、そうでもない。色々見てまわる、撮影する。おかしい、気持ちが上がってこない。疲れが原因じゃない。
ここに”生活臭”が無いからだと気付く。
誰かの日常を感じられない。生活とは離れた空間。

日本語が聞こえた。『お?』と思う。日本語が飛び交う。『ん?』。日本語がとても聞こえる。日本人に話しかけれなくなった。なぜだか解らないけど。中国人も沢山いる。白人さんも若干いる。

とにかく居心地が悪くなり、グエル公園を出る。”あの街へ戻ろう”。

足がとにかく痛かったので、バスで登ることにした。元気なお婆さんが『バスはこない。一緒に歩いて登ろう。』と言ってきた。”バスはくるだろ?”と思いながらも、面白そうだったので一緒に歩く。
この婆さん、道中バス停で待っている人を見かけると、みんなに同じ事を言っていく。ついてきたのは俺だけ。笑ってしまう。いつもに増して、言葉が聞き取れない。スペイン語とは少し違う。カタラン語?解らないけど。
どこに住んでるのか聞いたら、俺が寝過ごして着いた街との事。
”グエル公園よりずっと綺麗な街だ”って言ったら、”絶景ポイントを教えてあげる”と言ってくれた。
えらい大きな荷物を持っていたので”手伝おうか?”というと、”盗まれるかもしれないから結構よ”と言われた。俺はまだまだ甘い。常識の基準が甘い。
絶景ポイントの道を教えてもらって別れた。ありがとうお婆さん。勉強になった。

誰もいない、道らしい道もない丘を登ると、もの凄い景色だった。感動。叫ぶ。なんかしら叫ぶ。汗かいたので服を脱ぐ(全裸ではない)。誰もいない。気持ちよすぎる。”サグラダファミリア”や、海や、色んなモノがみえる。Googleアースで見た変な高っかい塔も見えた。嘘じゃなかったんだ。

もう少し登る。サボテンみたいなのが沢山ある。自分がどこにいるのか解らなくなる。後ろを振り向き”サグラダファミリア”を見る。バルセロナだ。バルセロナにいるらしい。グイグイ上がってくる。楽しい。ヤバイ。

どれ位いたのか解らないけど、寒くなってきたので時間をみる。14:00。明るいバルセロナの街もしっかり見てみたかったので戻ることにする。
登りは楽しいけど、下りは大変だった。草に足が引っかかる。足は棒になっている。転げ落ちそうになる。”生きてるなあ”と感じる。

帰りのバスも意識朦朧。何とか”カタルーニャ広場”で降りる。轟音。爆竹?

音についていくと、オッサン集団がストライキみたいなことをしてた。『一週間に二日休ませろ』。意外だった。スペイン人でも週休一日で働いてる人がいたのか。撮影してたらデカイ爆竹を投げてきた。鼓膜が破れるかと思った。ムカツク。お前らなんて休みなしで働け。阿呆。

例の通りを見にいく。昨夜、路上で寝ていた黒人さんが、元気に悪そうな事をしていた。ま、生きていたので良しだ。仮装している人、リフティングを披露している人、買い物を楽しんでいる人。夜とは全く別の世界。でも確実に闇は存在していて、”怖い”と感じる分、夜の方が安全かもしれないと思う。

サン・ジュセップ市場の活気に触れ、”コロンブスの塔”を経由して海に。穏やかだ。寝そうになる。『署名お願いします。』とモロッコ人っぽい女性に言われる。紙には英語で色々書いてある。難民を助けたい的な内容だった。署名くらいならと思って署名すると、金を要求された。却下。欲しいくらいだ。”一銭も持ってない”ときつめに言って諦めてもらった。卑怯な手口使いやがって。

その後、日本人が経営する弁当屋を探したがアイニク休み。月曜日はほとんど休み。何だか頭も回らなくなってきたので、素直に帰ることにした。

電車の中でも意識があるんだか無いんだか解らん状態で、何とかバレンシア着。ホッとする。バレンシアにとてもホッとした。安心してはいけないけど、バレンシアの方が好きなんだと思う。セントロの雰囲気もバレンシアの方がいい。ただ、バルセロナに行ってよかったと思うし、また行きたいとも思う。住むのはチョット。

こんな旅でした。


この帰宅途中、友人から電話がかかってきた。
そうだ、クリスマスだった。


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バルセロナでの長い夜 ガウディ ゴシック地区

カンプノウを離れて、バルセロニスタに混ざって宛も無く歩く。
一応場所確認。”ディアゴナル通り”。ライトアップされた”El Corte Inglés”があった。『この通りは大丈夫そうだ』と思っていたら、急に人気が無くなった。やはり、バルセロナといえど日曜日の深夜はあまりお店も開いていないらしい。

本気で今夜どうするか考える。
ホテルに泊まるか、徹夜で深夜のバルセロナを回るか。”地球の歩き方”に5時まで営業しているディスコティカが”レイアール広場”にあると書いてある。日曜日も営業している。人が沢山いる場所にいた方がいいので、ここに行く事にする。ホテルに泊まるのは勿体ない。

”ディアゴナル通り”をシコタマ歩き”ランブラ・ダ・カタルーニャ”という通りに入る。左に”CAMPER”。道は間違ってない。

少し歩くと異様な建物が見えた。迷わず左折。近くを歩いていたスペイン人に『これは有名ですか?』と聞くと『ガウディがどうたらこうたら…』と言っていた。調べたら”カサ・ミラ”。少し感動。確かにバルセロナにいる。

あ、バルセロナにいたんだった。”サグラダファミリア”見とかんと。

”レイアール広場”とは大分違う場所にあるが、夜は長い。夜中の”サグラダファミリア”はどう見えるのか。ワクワクしてきたところで向かう。意外と遠い。人気も殆どなく、かなり警戒しながら歩く。
急に現れた。暗闇の中の”サグラダファミリア”。もの凄い威圧感。恐いし、圧迫される。でも、見入ってしまう。恐怖心から鳥肌が立つ。観光客丸出し。隣の公園では深夜にも関わらず、大勢の人がテントを張って何らかの作業をしている。

しばらく経ってから近くのレストランで夕食を摂り、”レイアール広場”に向かう。

ガウディの”カサ・パトリョ”を経由して”カタルーニャ広場”に。人が賑わってきた。カタルーニャ広場でボールを蹴っている集団とほんの少し遊ぶ。荷物に注意しながら。

”ランプラス通り”に着く。この通りを途中左に曲がると”レイアール広場”があるはず。しかし”ランプラス通り”、かなり危ない空気が漂う。色んな国籍の人達が、異様なテンションで集まっている。売春婦も沢山いる。缶ビールを売りに来るヤツ、何語か分からんけど話しかけてくるヤツ。

地図を片手にフラフラ歩くのは危険だと思い、勘に任せて歩く。
本当にやばそうだ。

結局、俺の勘は当てにならず、曲がるタイミングを逃して”ランプラス通り”を出てしまう。目の前には”コロンブスの塔”。
それはそれで綺麗だったので写真を撮る。
塩の匂いがした。海が近い。匂いに任せて真っ直ぐ歩くと海があった。何とも懐かしい風景。デジャブではない。昔、九州でヒッチハイクした時に見た風景だ。船も似ている。海はいい。マドリーには海はない。

意を決して、もう一度”ランプラス通り”に向かう。今度は”レイアール広場”に着く事ができた。が、どの店も閉店準備。何が”深夜まで人が賑わう”だ。2:00。遅過ぎたのか。

”ランプラス通り”にある小汚いコンビニっぽいところでジュースを購入。そこで、三人組に『ニーハオ』と呼ばれた。少しイラついていたので『”こんにちわ”だ!』と言うと国籍の話になり、日本語を色々教えていた。
『何でバルセロナに来たんだ?』
『初めてか?』
『俺たちもバルサを愛してるぜ。』
『俺たち、フットボール上手いぜ。』
『一緒にディスコティカに行こう。』

丁度、ディスコティカを探していたので一緒に行く事にする。これが阿呆だった。『俺たちはAmigoだ!』を連呼し、友達の証と称して抱き合ったり色々してる内に”おかしい”と思うようになった。自分の荷物をそっと確認する。大丈夫、何も盗られてない。
そして、人気のない細道に曲がろうとしたところで『いや、俺は行かない』と意思表示。危なかった。そのまま行ってたら首絞められたか何されたか分かったモンじゃない。
当然、『いや、俺は行かない』と言ったところで引き下がるわけも無く、色々まくし立ててきたが、全てノーとつき返す。諦めたらしく、『最後に友情の証』といって抱き合う。俺のコートにしっかり手が入っている。その手を掴んで『これは何だ?』つっても知らん振り。『お前ら友達じゃねえよ』的な事を行って去る。遠くで、まだ何か叫んでる。

やっぱ危険だと再確認し、この周辺を離れる事に。

”ランプラス通り”からずっと二人組がつけている。”ポルト・ベイ”(海)まで歩いてもまだいる。面倒臭くなって座って待つことにした。そのまま通り過ぎてくれる事を祈って。

残念ながら、祈りは届かず。来た。
『何してんだ?』
→『写真撮ってる。』
『バルセロナは初めてか?』
→『始めて。』
『何しに来た?』
→『クラシコ観戦。』
『俺たちもバルサを愛してる。なんでホテルに泊まらない?』
→『金が無いから。』
『ただで泊まれる場所を知ってる。一緒に行こう。』
→『いやだ。歩きたい。』
『記念にそのカメラで写真撮ってやる。』
→『撮られるのは嫌い。』
『ただで行けるディスコティカを知っている。一緒に行こう。』
→『結構です。』
さっきの奴らよりは若く、凶暴そうでもなかった。少し諦めモードになってきたが中々離れない。何とか連れ出す糸口を探してる。面倒臭い奴らだ。
逆にこっちから質問する。
『どこ住んでんの?』
→『この近くだ。』
『国籍は?』
→『エジプト。』
『何歳?』
→『18歳。』
『写真撮らせてよ。』
→『ん〜、いや、駄目だ。』
『こんな時間に何してんの?』
→『散歩だ。』
『エジプト語で”愛してる”って何ていうの?』
→『フランスだ。』
『仕事何してんの?』
→『学生だ。』
『二人で一緒に住んでんの?』
→『そうだ。』
『何歳?』
→『23歳。』
適当な事を並べてるんだろう。いい加減諦めてくれた様だが、やはり去り際抱き合いにきた。が、適当に流す。途中、こいつらの仲間っぽいヤツらが何度か通り過ぎているので、ここからも離れる事にする。が、今度は三人組がつけている。もう、嫌だ。面倒だし、うまくかわせる保障も無い。逃げる。どこへ?

神聖なる場所。サグラダさんに守ってもらう事にする。大分遠いが。朝日を浴びている”サグラダファミリア”を撮ることに決めた。
気がついたらもう5:00。そろそろ日の出だろう。と、思ってたら甘かった。何時まで経っても太陽は出てこない。寒い。

こんな感じの夜でした。今日はここまで。


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バルセロナでの長い夜 クラシコ

何から書いていいモノやら。色々な事がありすぎて整理できてない。

とりあえず、クラシコは観れた。
ダフ屋と交渉し200ユーロから150ユーロにまけさせ(それでも正規の値段より15ユーロ高い)、本物のチケットか疑わしかったので、ダフ屋の身分証と顔を写真撮って『本当に本物か?』『当然だ!』みたいな会話をしばらく続け、周りのスペイン人達も『ここまで確認したら大丈夫』的な事を言ってくれたので、いざカンプノウへ。

試合開始1時間前。カンプノウに無事入場。
殆ど人は入っていない。そのあまりのスケールに呆然とする。メスタージャも感動したけど比にならない。ここが全部人で埋る。少し涙腺が緩む。
そして、ダフ屋が割といい席を売ってくれた事に気付く(嘘ではなかった)。二階の真ん中あたり。選手の顔もしっかり見られそうだ。

選手達が練習の為グラウンドに出てくる。先に出てきたのはレアル・マドリー。もんの凄いブーイング。凄い。胃が震える。しかし、さすがはマドリーの選手たち。慣れている。ロビーニョなんかは拍手で対応。肝が据わってる。
バルセロナ登場。凄い歓声。でもブーイングの方が凄かった。

練習が終わり選手入場。凄まじいブーイング、歓声。
バルサの応援歌が流れると共に、色紙を一斉に掲げる。カタラン語の応援歌を背景に、スタジアム全てがバルサの色に染まる。鳥肌立ちっぱなし。

試合開始。
メッシが負傷している為、ロナウジーニョスタメン復帰。しかし今日のロビー、ほとんど仕事をさせてもらえなかった。セルヒオ・ラモスがいいのか、ロビーが駄目なのか。メッシの代役は果たせない。

そのロナウジーニョがペナルティエリアで倒される。笛は鳴らない。ファンの怒り爆発。一斉に立ち叫ぶ、両腕を上げる。でも判定変わらず。この試合、ロビーはよく転んだ。笛もほとんど鳴らなかった。そして、ロビーが転ぶたび審判への怒りが爆発する。審判が可哀想。ロビー、情けないぞ。

マドリー先制。スタジアム静まり返る。
どこからか歓声が上がる。スタジアム最上段の片隅、ほんの少しのマドリーファン。勇気がある。

前半終了。審判に対して恐ろしいブーイング。

後半開始。ロビー交代せず。
バルサ、ついに得点の予感もなくなった。とにかく両サイドが機能しない。メッシ欠場は想像以上に痛い。これだけタレントを揃えてても、結局はメッシに依存したチームなのかもしれない。凄い選手だメッシ。

後半35分を過ぎたところで観客が帰り始める。
隣に座っていたスペイン姉ちゃんは『Ronaldinho Venga〜 por favor por favor por favor.』と、泣きそうな声で懇願。想い届かず。
終了間際、惜しいプレーがあったが得点にはならず試合終了。残念。負けてもいいけど、一点とって欲しかった。スタジアムがどんな状態になるか知りたかった。

イニエスタとヤヤ・トゥーレはよかった。トゥーレはとても大きいのに足元の技術がしっかりしてる。結構ドリブルで勝負して抜いていく。ポジショニングがいいので守備もいい。簡単には抜かれないし、危ない芽はしっかり摘む。
イニエスタは、サッカーセンスがある。シュートで終わりたい時に、きちんとシュートする。パスも正確。トラップ抜群。キープもできる。いい選手だ。
ロビーはひどかった。あんなロビーを観たかったんじゃない。抜けない、キープできない。一つ一つのプレーに集中力が足りない。簡単に転ぶ、取られる。こりゃ移籍させた方がいいな。
シャビも悪かった。パスミスは目立つし守備も効果的じゃない。あとはデコ、左サイドのフランス人(名前忘れた)。何だかチーム全体が集中力に欠けていた。ありえないパスミスも何度かあった。

チーム内に問題を抱えてるのかもしれない。クラシコでこのチーム状態はありえない。

バルサファンとしては残念な結果だったけど、来てよかった。試合終了後も別れが惜しくて、ずっとスタジアムに。最上段に上った。マドリーファンは隔離されていて、まだスタジアムを出られない。最上段からはメスタージャと同じく夜景が見れる。凄い数のバルサファンが帰っていく。
監視員に怒られ、渋々スタジアムを出ることに。

さて、どうしようか。ホテルなんてとってない。


ここからスリリングな長い夜が始まった。今日はこの辺で。


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とりあえず

バルセロナには行くことができる。
この記事が掲載される頃には、バルセロナのセンツ駅にいる。17:13分着(予定)。こっちの予定は未定なので、実際どうなるか分かったもんじゃない。

試合開始は19:00。
バルセロナについてから試合開始まで、1時間とチョット。その間にチケットを手に入れなければいけない。値段不明。買えるかどうかも不明。

電車の行きと帰りの料金がかなり違う。でも往復60€弱は安い。
日帰りの場合、最終電車は21:30らしく却下。明日の17:00の電車でバレンシア帰る。宿無し。学校行く気無し。何にも無し。あるのは希望と不安だけ。

バルセロナのBarで試合観戦ってのだけは避けたい。


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さあ、でかけようぜ

疲れた頭、爆弾で吹っ飛ばして
空になったら、そろそろ出かけようぜ

何となく、『いや、高いから行けないよ』テンションになっていた。
今期のバレンシアの為体、ユーロの高さ、自分の語学力に対する自信の無さ、治安に対する若干の不安(治安が割といいバレンシアで一回やられてるし)。
いつの間にかフットボールはBarで酒飲みながら観戦するモノになっていた。

電車の乗り方知らねえし、行けたとしてもチケット手に入るか分かんねえし、帰りの事なんて考えてねえし、宣言しといてバレンシアで飲みながらなんて可能性もあるけど、とりあえず向かいます。

いざ、カンプノウ。


写真はネットからパクリ。行けたら写真撮ってきます。


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