無事帰還

約三ヶ月の旅終了。
スペイン(ほぼ全土)、タンヘ(モロッコ)、ジブラルタル(イギリス)、ポルトガル、アンドラ(完歩)、フランス(南部のみ)。
計六ヶ国、イベリア半島とピレネー山脈周辺。
”全部ヒッチハイクでいってやろう”と意気込んではいたけども、実際は半分位。計55回。ズッと親指立てて待機するのは辛く哀しく、自分に言い訳つくってバスやら電車やら利用。野宿には慣れた。

暖かく迎えてくれたバレンシア日本人軍団に感謝。自分の存在を確認させてもらえた。”オレ、この世でちゃんと息してるかな?”って不安になる事は日常茶飯事だったから。久方ぶりに会ったみんなは、とてもスペインという国に馴染んで見えた。いい意味で。
あと学校の先生達、大分少なくなってしまったけど他国の友人達の反応もありがたかった。特に中国人達。中国人大好きです。

この旅で何を得たのか、この旅が今後どう活きるのか、今のところ不明。

解った事はいくつかある。
どの国も思っていたほど危なくなかった。ただ、”むしろ日本の方が…”とも思わない。どっちも”それなりに”平和で、”それなりに”危ない。用心する事は大事だが、ビビリ過ぎるのも違う。フテブテシイ姿勢も大事かもしれない。この旅がほぼ無事終えれたのも、運が良かったのは言うまでもないが、それだけではなかったと思っている。
どの国にも親切な人はいる。ヒッチハイクで停まってくれる人、家に招待してくれる人、泊めてくれる人、奢ってくれる人、お金くれようとする人(くれた人)、街を案内してくれる人。
どの国にも悪い人はいる。盗みを働く人(人の靴盗む奴)、人種差別する奴、しつこく金をせがんでくる奴、ヒッチハイクの邪魔をする奴、等等。
こんな旅を人に勧める事はしないが(一部を除き)、やろうとしている人に『やめとけ』とは言わない。

スペインは面白い。
こんなに地域によって言語、文化、天候、自然が違う国も珍しい(他の国はよう知らんが)。
アンダルシア、ガリシア、アストゥリアス、カスティーリャ・イ・レオン、カスティーリャ・ラ・マンチャ、アラゴン、カタルーニャ、バスク、リオハ、バレンシア。同じスペインだが、まるで違う国。

細かい事は、追々このBlogに記録していくつもりなのでこの辺で。

さて、帰ってきた。家のある暮らし、学校に通う生活。
旅の終わりに安堵するも、少し寂しかったり。
あまりのギャップがとても心地良かったり、”たまに”悪かったり。

三ヶ月ぶりに学校へ行くと、自分が下から数えて2つ目のクラスだった事に改めて驚愕。滞在九ヶ月でこのペースは、恐らく最低記録。
”改めて驚愕”なんて大袈裟に表現したけど、オレにとってそれほど大した問題ではなかったりもする。ただ、”日本人って阿呆?”と、思われていたら…日本人の皆様、ゴメンナサイ。

しばらく空けていた我が家の状況。
同居人のイタリア人小娘二人にイラッチし、ネットが繋がらなくなっている事にガックリし、部屋の暑さにグッタリし、”これだったら野宿の方が…”と考えてしまった自分にビックリしてしまっている。慣れていくかな?きっと。

沢山の人から頂いているメール、少しずつ確認してお返事してくので少々お待ちを。

EURO2008決勝時のメスタージャ付近。
おめでとうスペイン。非の打ち所が無い。


ページトップへ

旅3日目: アリカンテにて風邪

 Enforexセビージャ校のPCは良い。日本語入力可能。

30/03/2008

やはり、あまりの寒さに6時起床。
眠すぎたので少し粘って寝ようと試みるも6時30分には起きる。ウィスキーもこれだけ寒いと効果がない。
いよいよ体調が悪い。

フラフラとビーチまで歩く。
ビーチに設置しているジム施設を利用して、朝日を浴びながら黒人さんや老人達が汗を流してる。
大きな荷物をEstacion de Autobusに預る。今日は持ち歩けそうにない。

9時半。ビーチ沿いのバルでビールを飲む。不味い。
パラソルやビーチベットが空いていたのでそこに横たわり、寝る。
一時間後、日系人の管理人に起こされる。
”金払え”
”もってねー”
”じゃあパラソル使うな”
…無念。とっても気持ちよかったのに。イソイソと離れて三日間着続けた服をビーチのシャワーで洗い、砂浜に干す。

パラソルを使うなと言われたので、ビーチベットを使って寝ていたらやっぱり”ヤツ”が来た。
”お前、中国人か?金払え”
”これも金かかるのか?”
”当たり前だ。金払え”
”だから持ってないって”
”じゃあどけ”
しんどかったので悪態もつけず、砂浜に直寝する。熱い。

よほど疲れてたのか地獄の様な厚さの中、4時間も寝ていた。スゴイ日焼け。後悔する。痛い。  
乾いた服を着てサンタバルバラ城へ向かう。意識が朦朧とする。

サンタバルバラ城の麓は、迷路の様に入り組んだ細道だらけの住居空間になっている。坂道だらけ。家々はとても可愛くデザインされていてチャンと人が生活している。夢の様な街だ。
迷うのが楽しい。でも体力の限界を感じる。

今日の体力ではサンタバルバラ城を登るのは不可能と判断し ビーチに戻る。
19時。まだまだ明るい。

さて、どうしようか。悩む。小一時間悩む。何故かバス停に座り込みウトウトしながらやっぱり悩む。”とりあえずメシを食おう。”
お粥目的で中華料理を探すが、どこにも粥がない。諦めて普通に中華料理を食す。不味い。飯が不味いのか、オレの体調がマズイのか。
態度が悪かった中国人店員も、日本人だと分かったら愛想がよくなった。何人だと思ってたんだ?

結局、体調は変わらずHostalを探すことにする。安宿。
CLUBに挟まれた怪しいHostal”サンフランシスコ”発見。一泊20ユーロ。安くも高くもない。オーナーは 良さそうな人だ。二泊することに。この2日間で体調を戻すのだ。

水を大量に買い込む為、24時間営業のお店に行く。アリカンテには24時間営業の店が沢山ある。
帰り、自分の不甲斐なさにイライラしアイリッシュバーで一杯飲む。でも不味い。

Hostelに戻り、湯船に入り寝袋に入って布団かぶって寝る。23時。

どこのスタジアムでしょう?


ページトップへ

旅2日目:アリカンテ

今日中に今までの日記を更新しようかと思ったが、無理そうだ。

29/03/2008

あまりの寒さで起きる。朝6時。
まだ辺は暗い。肩が痛い、足が痛い。もう二度と歩かないと再度誓う。
体調は悪くない。

"もう二度と歩かない"わけにはいかなかった。

パルマールからアリカンテに向かう人なんてまずいない。大きい道路までなんとかして行かないといけない。方位磁石を見ながら国道を目指す。

メチャ遠い。前日同様、延々と田んぼ。田んぼ。田んぼ。車も走らない。たまに自転車が通る。少しずつ休んで歩く。照りつける太陽。延々と広がる田園。
主人がいるのかいないのか、犬が走ってきて吠える。少しかまってやる。

トォォォォォォックに、うっすら電車が見えた。その奥に車も数台走ってる。感動。歩くペースが早くなる。

線路を強引に横断し、田んぼの中を歩いて遂に国道に着く。11時。結局朝から5時間も歩いてしまった。まあいい。もう歩かない。

ヒッチハイク開始。
馬鹿にされまくりである。クラクションを鳴らすヤツから、何か叫ぶ奴から色々。でも、日本でもそんなに変わらなかったかな?

1時間半後、赤い車が止まる。二人の男、ホセ(31)とアドルフォ(29)。
断ろうか悩んだが、乗せてもらうことにする。無論、窓が開けられることと、チャイルドロックがかかっていないことを確認して。

いきなり"草"をはじめた。"やっぱまずかったか?"
すすめられたが断る(当たり前だけど)。ラリッタラ逃げれない。

しかし、結果的には本当にいい奴等だった。昔、この二人もヒッチハイクでスペイン中を旅していたらしい。とても気を使ってくれる。
"HARU!この曲好きか?"
"このジュース飲め!"
"タバコは足りてるか?"
"俺たちはグラナダに行くんだ。HARUもアリカンテなんてやめて一緒に行こうぜ"
"道路の両脇にパイプイス出して座ってる女が沢山いるだろ?あれ、みんな売春婦だ。金払って車の中でしてもらうんだ(嬉しそう)"
"HARU!みろ!これがCLUBだ!(風俗)"
山だらけの道をひたすら走る。

海が見えた。スペイン独特のハゲ散らかした山々の谷間を抜けた瞬間に出てきた海。BGMはジミヘン。これは映画だ。ここにいるのは俺じゃない。

ベニドールとかいう金持ちの街を超えたところでスーパーに立ち寄る。
パンとチーズと生ハムを買おうとしている。一番高い生ハムを盗もうとしたのでとめる。一緒に逃げ切れる自信はない。どうやら、おいしい物を食べさせたかったらしい。嬉しい話なんだけどね。

あまりによくしてくれるので、何度も"GRACIAS"と言っていたら"GRACIASはいわなくていい"と言われた。"だって俺たちは友達だろう"

アリカンテ着。17時45分。
"グラナダまで行こうぜ"を何とか断りついにアリカンテに着いた。連絡先を交換しお別れ。
"HARU!なんて世界は小さいんだ、俺たちが出会えたんだからBLABLABLA"
"HARUに幸運あれ!"

興奮さめやらぬままサンタバルバラ城を目指す。アリカンテはコギレイな街だ。ビーチがあって港があってショピング街があって。クリスティーナ(先生)が"住むにはいいところ"と言っていたのが分かる。

高台に登った。海も城も街も一望できる。"今夜はここで寝よう"

街にでる。BARへ。子供と遊ぶ。こっちの子供は本当にかわいい。
しかし、疲れが出始める。意識が朦朧とする。

22時。"もう寝よう"と思い、さっきの場所に戻るが、若者がたむろっていたので場所の変更を余儀なくされる。今日は土曜日だった。どこも異常に人が多い。
公園でぼう然としていたら、犬の散歩をしている婆ちゃんに"¿ERES VAGABUNDO?(あなたは放浪者?)"と聞かれる。宮本武蔵みたいだ。うれしくなって"SI"と答えたら呆れて去っていった。

歩き回っているとセントロ(中心部)にぶつかってしまう。サンタバルバラ城を背景にものすごい活気に溢れている。
途中、日本人好きの一団に捕まる。サッカーについて(アリカンテはバルサ派とマドリー派に別れる)、日本人について色々話す。酒を奢ってもらう。
一人のオッサンが"今夜は俺の家に泊まれよ"といってくれた。ありがたく泊まらせてもらおうと思ったが、このオッサンは朝まで飲むつもりらしく、家も35K先という話だったので断った。

"早く寝たい"

何とかお別れし、海岸沿いを歩く。独りの女性がフラフラ波打ち際を歩いている。深夜3時。"どうか自殺ではありませんように"と思ってみていたら、警備員に怒られスゴスゴと街の方に歩いていった。ホッ

結局4時に運動場の隅っこで寝ることにした。色々あった1日だった。

Madrid Puerta del Sol。
旅中撮った写真を公開できればいいんだけど。


ページトップへ

旅初日:PARMAR

何とか日本語入力できる方法を見つけた。AJAXは偉い。
旅を初めて二週間ちょっとしかたってないんだね。ビックリした。

28/03/2008 旅初日

ツッチィに家のカギを渡す為、学校へ行く(寝坊して)。
ブラジル人のカルロスや中国人ボウエン、クラスメイトや先生、その他に見送られテクテク歩き始める。ツッチィやサヤカ嬢が泣きそうな顔を"嘘でも"してくれたのが嬉しかったり、面白かったり。

目指すは"アラブフェラ"。バレンシア付近のでっかい湖。米の名産地らしい。

道中、元(悲)クラスメイトEVAを発見。中国人の女の子。とても親切で賢い娘だ。
なんども呼ぶが逃げられる。俺だということに気付かない。デッカイ荷物をもって走りたくなかったが頑張って走る。捕まえてやっと解ってもらえた。エラい遠くに住んでるなEVA。親父さんの仕事場とか。別れを言っていなかったので丁度よかった。警戒し過ぎだぜEVA。

日差しが強い。3時間位あるいてようやくアラブフェラの看板発見。
ここからが地獄だった。

歩いても歩いても田んぼだらけ。後ろも前も右も左も。
初めは感動した景色も、徐々に嫌気に、そして不安に変わっていく。なんじゃこりゃ。本当にこの先"何か"あるのか?
ドブが干上がっていたのでそこを歩いていたら、急に緩くなり足をヘドロに突っ込む。この旅は幸先が悪い。そういえば、今朝マンションの風呂も冷水しかでなかった。

住居地発見。女性を捕まえ自分の居場所を確認する。
どうやら間違えてはないようだ。ただ"アラブフェラ"はすぐそこだが、パエリアで有名な街"PARMAR"は、かなり遠いとのこと。
送ってもらおうかと思ったが、その女性は風邪ギミだったので断念。

"アラブフェラ"発見。人気の無さそうな場所をみつけボケっとする。もぐらの子供発見。夕日がしみる。まだ初日なのにとっても疲れた。"まだ初日だから疲れているだけ"である事を祈る。
少し動くとデートスポットに出くわす。ブチュブチュベチャベチャ。
写真家も多かった。

夕日が沈む。すげえ絵になる。

あ、やばい。"真暗"になる。焦って歩き出す。でも、すぐに真暗に。
泣きそうになりながらもテクテク歩く。荷物の重さが憎い。もう二度と歩かない。初めからヒッチハイクしておけばよかったと後悔。"そこが僕のふるさと"熱唱。何も変わらない。街の予感すらない。

1台の車が止まった。偽足のじいさん。黙ってドアを開けてくれる。
"PARMARに行きたいんだ"
"もうすぐだで乗っていきな。なにもしないから。"
とても親切だが無言のじいさん。じいさんの知り合いが経営しているレストラン"CASA DE MANOLO"まで連れていってくれた。パエリアも美味い。マスターは陽気で親切。ビールも飲んでとても幸せな気持ちになる。

PARMARはとても小さな街だ。15分も歩けば一周できる。野宿できそうな場所を探してから、BARへ行く。BARのカマレラさんと適当に話をして就寝。PM11:00。早。

バレンシアにて


ページトップへ

気の済むまで

先程、バレンシア日本人軍団と喋りたおしてきた。
滞在先にスペインを選んでる時点で、何か共通するもんがあるだね、きっと。話は弾んだ。気付いたら21時。

本当にみんないい奴ばかり。しかも、みんな俺より若いけどしっかりしとる。

解散した後も、専属コーチ(?)Mちゃんと信号前で立ち話。野郎同士で約二時間。話す事って沢山あんだね。大半馬鹿話だったけど。
こんな事してっから”マリコン(ホモ)”の疑いをもたれるのか。
ま、それもよしや。


昔、尊敬する友人が『旅に何かを求めちゃいけない』と言っていた。それが、10年経っても忘れられないでいる。
何も考えず(警戒はするが)、何も求めず、フワフワと流れてこようと思う。それで感じたものを素直に受け入れる事が出来れば満足。

テンパッたら背伸びしよう。これも尊敬する先輩からのアドバイス。

自分の命が危ないと思ったら一目散に逃げよう。これは好きな漫画作家からのアドバイス(俺に対してじゃないけど)。

明朝には旅立てる。テンションも上がってきた。

”気の済むまでいってらっしゃい”。何よりのお言葉を頂きました。
本当にありがとう。気の済むまで行ってきます。

ファジャス時、路上にて(深夜2時)。


ページトップへ

花火のように・・・

散る事の無いよう、旅立ってきます。と、言いつつ

本当は火曜日の朝から行こうと思ってたけど、”まだ寒すぎ~”とか”怖い~”等の言い訳を、相方や同居人のパレスチナ人やに言いながらだらだら時間が過ぎてしまった。

今日はそのパレスチナ人は風邪でダウン。可愛そうに。
日本の風邪薬(奴らからみたら、極めて怪しい薬)を進めたけど、丁重に断られちゃった。そりゃそうだ。逆の立場なら断ってる。

そのパレスチナ人は、祖国でフジテレビと一緒に仕事をしていたらしく、”コンニチワ”が言える。でも、”コンニチワ”だけ。
どんな仕事だったのか尋ねたら、俺が過去に甲子園でカメラマンの奴隷になっていたような仕事だったらしい。どおりで女性の割にはガッチリしている。

彼女はPCをスペインに持って来たはいいが、コンセントの差込口があわないので使用できないらしい。祖国の家族や友人らに連絡取れないと言っていたので、PCを貸してあげた。コンセントの差込口は最重要チェック項目だぜ。読みが甘い!

で、そうこうしていたら夕方になってしまった。

俺が旅してる間に帰国してしまう日本人ツッチーに借りてる本を返さにゃいけん事を思い出し電話。
ついでに飯とか酒とか食らったり浴びたりする事に。あれ?

…明朝出発?

相方に何度、”いってきます”を言っているのか…お恥かしい!
この分では明日も”いってきます”と言ってそうだ。

でか過ぎ近すぎの花火。


ページトップへ

火祭り

バレンシアで有名な祭り”FALLAS”。3月15日~19日。

正直、大した祭りではないと思っていたけど大間違いだった。
バレンシアの人口は大体70万~80万。祭り期間中は、観光客が150万人くらい来るらしい。人だらけ。

町中いたるところにデッカイ人形が配置される。出来はピンきりだが、本気で作った人形はサイズもデカイし、作りも細かい。毎年人形の出来を争うらしく、優勝した人形は燃やさずに保管される。
(ちなみに当BlogでTop画像が今年の一番)

個人的には人形にあまり興味はない。それより、街の雰囲気が凄い。

いたるところで爆竹が鳴らされる。爆竹の音は半端じゃない。平和ボケしたオイラに言わせると、テロでも起きているかの様だった。ビビル。しかも、シレ~っと火をつけてシレ~っと去っていくので、心の準備もできない。

ちなみに爆竹を鳴らしているのは、ヤンチャな奴ではなく普通の人。小さな子供から大人まで。子供に爆竹を鳴らすよう催促している親も沢山みた。
たまにロケット花火を発射させる阿呆までいる。

祭り期間中は朝まで熱気に包まれる。野外ステージも沢山あって、偽バンドやらDJやらで盛り上がっている。町中ディスコティカ状態。爆音が朝まで続く。音楽、爆竹、花火、酔っ払い。狂喜乱舞。

こちらの花火も日本に比べると異常。
もんの凄い音がする。胃が揺れる、地面が揺れる。
さらに、花火発射地点に限りなく近いところまで行ける。頭上に花火を見ることが出来る(首痛いけど)。花火を見ていて、身の危険を感じたのは初めてだった。花火の欠片が降ってくる。

で、祭りが終わると何事も無かったように静けさを取り戻す。

最終日、人形を燃やす場面。
離れていても熱い。火薬とか炎とかが大好きなバレンシアーノ達。


ページトップへ

Farina

ステファン君が去った後、新しい女の子が入居。
Farina。これまたドイツ人。最近はドイツ人が多い。

この子はとても面白く、社交的な子だった。
何でもポジティブに受け入れる事ができる子で、沢山褒めてくれる。服装とか、部屋のレイアウトとか、PC触れる事とか、タバコ吸ってる事とか、酒好きな事とか、日本人である事とか、28歳である事とか、…何でも褒めりゃあいいってものではないが。
そして、割とオッチョコチョイ。よく抜けている。

料理をするのが好きと豪語する彼女。
料理をしているところを見たことがない俺。

一度、チャーハンをご馳走したら喜んでくれた(チャーハンは中国人でも実験済なので)。
”そのお返しに”と料理をしてくれると言う。

お?やるのか?

スーパーへ行き、パスタと玉葱入りトマト缶を購入。
パスタを不安そうに茹でた後、暖めたトマト缶をかける。もの凄い量。小分けにして食うって事を知らないみたいだ。

”オメ、本当は料理できない子だろ?”と口には出さなかったが雰囲気を察したらしく『二週間しか滞在しないから、あまり調味料とか買うつもりがないの』的な事を言ってた。

神田川氏曰く、料理は心。少し味気なかったけど、気持ちが有難かったので気合で完食…ん?お前そんな食ってねえじゃねえか!ま、いいか。

その後、Farinaの恋愛相談。と、言ってもそんな語学力はないので聞き役に徹する。じゃあ、相談ではないか。ま、黙って聞いていればいいか、こういう場合。

彼女には8年か9年付き合っていた彼氏がいたらしいが(何と身長2m)、恋人というよりは"兄弟"みたいな関係になってしまい別れたらしい。
『私の友達は既に6-10人の元彼がいるのに、私はたった1人しかいないの』と嘆いていた。割と盛んなヨーロッパの中では少数派なのかもしれない。

今の彼氏と元彼氏の写真をみせてもらった。
『元彼の方が、精神的に大人に見える。今の彼は男前だけど幼そう』と伝えたら『私も幼いの!』と喜んだ。その割には、今の彼氏の考えの浅さに憤っていたりもする。女心は難しい。

『若いんだし、これからも沢山彼氏つくればいいよ』とだけ伝えた。何かオッサンみたいやな、俺。

そんな不思議で健康的でお調子モノのFarinaも、火祭り開始と共に帰国。


ページトップへ

一筋縄ではいかないW杯予選

負けてしまったサッカー日本代表。
最終予選以外で代表が負けるのは19年ぶりらしい。でも、19年前に比べたらアジア諸国のレベルはかなり上がっているし、最近の試合(アジアカップとか)をみていると、そこまで驚く結果じゃない。
しびれる試合を観たい俺としては、余裕の二桁得点で”適当にやってても勝ってしまう”相手との予選よりも、楽じゃない試合が増えている事を歓迎したい(結果、W杯に出られればの話だけど)。
代表強化にも繋がるしね。

三次予選は上位2チームが最終予選に出る事が出来るので、そこまで悲観的になる必要は無いと思う。
バーレーンは強い。しかもアウェー。今までも”ギリギリ”勝っていただけ。

ただ、連敗する事は許されない。こりゃ深刻な問題になる。

気になったのは”負け方”。
全監督のお陰でなじんできた4バック。今ではJリーグでも4バックのチームは多い。ま、システムはそれほど重要ではないんだけど。
何が言いたいのかというと、アジア諸国のレベルは上がってきてるが、日本の実力・経験を考えると”相手にあわせて”まで消極的になる必要はないという事。
基本4バックでチームを作ってきたのに、何で変更したのか?自分達のスタイルで勝負してもよかったのではないか?
必要以上に相手を警戒して自分のペースをみだす。これだと、負けて得る経験も少なくなってしまう。

オマーン戦では、”相手にあわせた”戦術ではなく”どうじゃ!日本は強いじゃろう!”的な姿勢で挑んでもらいたい。


話は変わってJリーグ。優勝候補が軒並みダウン。ってまだ二試合消化しただけだけど。

エンゲルス監督の年棒が8000万。これって多いの?少ないの?個人的には少ないと感じた。関西のチームで始めてタイトルを獲った監督ぜ?。浦和のようなチームにはあっている気がする。
少し遅すぎた監督交代だったけど、監督変えたからってスグに良くはならんだろうけど、始めの一歩を踏み出したアジアナンバーワンチーム。段々調子を取り戻してくるのではないでしょうか!?

川崎Fに復帰したてのフッキがフッキら棒に退団。開幕二試合目で起用法に不満て!早すぎ?でも川崎Fには優秀なFWが多すぎるのは確か。意外とこの退団劇で調子は上がるかも。ACLもないし。

今年は大損しそうなG大阪。五輪とかW杯予選とかACLとかで大忙し。中々チームの形を作れなさそう。自力はあるけど果たしてどうなるか?

選手も揃っていて、チームとしてもまとまっている鹿島。この調子が続けば4冠(J、ナビスコ、天皇杯、ACL)も夢じゃない。帰国したら是非観たいチーム。黄金時代のジュビロみたいなチームだと予想している。
ま、この調子がシーズン通して続くとは考えにくいけど。
小笠原氏や本山氏がこれからも代表に呼ばれなかったら(不思議だけど)調子は続くかもしれない。中田氏も夏頃に復帰するかも?

火祭り時は、バレンシアも人だらけ。


ページトップへ

お久しぶりでございます。

前回更新から一ヶ月以上放置。時間が流れるのが早い。
こんな状態にもかかわらず、毎日アクセスが途絶える事は無かった。更新せん事で心配をかけしてしまった人、ごめんなさい。
私、ピンピンビンビンしてます。ご安心を。

そんなこんなで、そろそろ旅に出ようと思ってます。

本当は今週はじめに出るつもりだったのだけど、予想していた気温とのギャップ(意外と寒い)に戸惑い、腰を重くしておりました。

が、どうも急に暖かくなりそうな雰囲気ではないので、防寒具を整えイザ!…明日あたりにでも出陣。

 

話は変わって、ここ数ヶ月色々あった事を簡単に記録。
久しぶりの更新なので、どこまで書いてて、どこまで書いていないのか解らない。どれどれ、前回のBlogは…

何ぃ~!スーザンがまだいるではないか!

アレからまだ一ヶ月チョットしか経ってなかったのか。
時間が経つのは早い?遅い?

実はスーザンに大変な事が起こった。

自宅マンション(俺が住んでどるトコ)のエスカレーターで、強引に入ってきたオッサンがチ×コをみせつけてきたあげく、セン●リを披露。スーザンは怯えてエスカレーターを降りようとしたらしいが、降ろしてくれなかったらしい。

どのタイミングで開放されたのかは定かではないが、何とか帰ってきたスーザン。あまりの号泣っぷりにドイツ人(女の子)と俺、起床。深夜2時か3時位。

英語で喚き散らしていた為、さっぱり意味が解らん俺はスーザンの『Oh My God!』をBGMに再度寝る。

翌日、同室のドイツ人(女の子)に話を聞いて事情が解った。その日の内に、スーザンは引越し。19歳の女の子にはヘビー過ぎる体験だった。 

ちなみにもう一人の同居人ステファン君は、スーザンの叫びにも動じることなくグッスリ寝ていた。中々、神経の太い男だと思っていたが…

スーザン引越しの数日後の夜、ステファンが俺の部屋に来た。やや興奮気味。
話を聞くと、携帯電話(プリペイド式)が使えなくて困っているらしい。チャージできる店を訪ねられたが、どの店も恐らく閉店している時間。俺の携帯電話を使うように伝えたが遠慮された。

じゃどうするんだ?と思って様子をみてみる。
ドイツ語で自問自答開始。たまに『Fack!』って言ってみたり、『Sit!』って言ってみたり。でも、方法は見つからない(当たり前だけど)。

したら、急に自分の部屋に帰った。???

ステファンは男だった。泣き顔なんて他人に見せるもんじゃない。
でも、俺の部屋までダダ聞こえだぜステファン。『ヒィッ!…ヒィッ!』

しばらくしてから、泣き腫らした顔で再度来室。
『金払うから使わせてくれ』
全然OKさステファン。ってか始めからそうすればよかったさ。長電話じゃないなら金もいらねえよ。泣く事ねえよ。

結局、一瞬で終わった通話だったのに1ユーロもくれた。
その後、テンションが上がったのかギターを弾きまくる、歌いまくる。

そんなステファンも先々々週位に出て行ってしまった(一ヶ月契約だったので)。


バレンシアの火祭り時の写真。人波に揉まれてお疲れ気味。


ページトップへ

ブログランキング・にほんブログ村へ